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東京高等裁判所 昭和51年(う)2202号 判決

控訴人 被告人

被告人 若狭利久

弁護人 木幡尊

検察官 吉田賢治

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人木幡尊が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官検事吉田賢治が提出した答弁書に各記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のとおり判断する。

控訴趣意第一点事実誤認の主張について

所論は、原判決は、被告人が橋村繁雄と共謀して、原判示の日時、場所において、虚言を弄して林忠吉から覚せい剤約三三七グラムの交付を受けてこれを所持するに至つたとして、このうちの一〇〇グラムについて被告人を営利目的による不法所持の罪に問擬したが、被告人は単なる使い走りをしたに過ぎず、橋村と覚せい剤の騙取ないし不法所持を共謀したことはなく、これに手を触れたことすらないのであるから、原判決は事実を誤認したものである、などと主張するものである。

そこで検討するに、原判決の掲げる各証拠によれば、次のような事実が認められる。すなわち、暴力団住吉連合塩沢睦会の幹部野口茂方に出入りして自動車の運転などを手伝つていた被告人は、昭和五一年四月四日頃、右野口の輩下の橋村繁雄が、野口の命を受けて林忠吉と覚せい剤約五〇〇グラムの買受交渉をするため、東京都渋谷区内の喫茶店に出かけた際、野口の指示により右事情を承知のうえ、自分の運転する自動車に橋村を乗せて同所に赴き、覚せい剤サンプルの受渡しの約束をするのに立会つたうえ、同月九日頃、野口の指示により再び橋村を自動車に乗せて地下鉄東西線葛西駅付近まで林を迎えに行き、同人を江戸川区内にある暴力団員松本定雄の事務所に案内し、同所で橋村が林から覚せい剤約五〇グラムを一グラムにつき一万四、〇〇〇円の割合で買受けるのに立会い、右取引後橋村とともに野口方に行き、橋村は右覚せい剤を被告人の見ている前で野口に手渡した。そしてさらに被告人は同月一二日頃、野口の指示により同人から託された覚せい剤取引のための現金一三五万円を持つて右松本事務所に赴き、同所で橋村にこれを手渡し、これを受取つた橋村は同日午後三時半頃、同所で覚せい剤約四四二グラムを持参していた林とそのうち一〇〇グラムについて取引を終えた後、林に対して「午後九時頃には残りの分の代金も入る。」などと言つて林を引止め、自分の黒色手提鞄の中に覚せい剤四袋正味三四二グラム(一〇〇グラム入三袋と四二グラム入一袋)を入れさせ、この中から約五グラムを抜き取つたうえ、残りの合計三三七グラムの入つた右手提鞄を持つてやつたり、同人に持たせたりして、被告人とともにサウナ風呂に案内するなどし、その間にすでに取引の済んだ一〇〇グラムを野口に届け、午後一一時半頃林を被告人の運転する自動車に乗せて原判示「鮨忠」に到つたのであるが、被告人は終始、橋村と林の右取引状況や橋村が林に覚せい剤を手提鞄の中に入れさせたことなどを目撃し、橋村が林から右手提鞄を持ち去る機会を窺つていることを知りつつ、いずれは利益の分配に預かれることを期待して橋村と行動を共にし、「鮨忠」において橋村が、手提鞄の中の覚せい剤を騙取する意思をもつて林に対し「お客はこの近くにいる。一五分位で品物を金にしてくるから預からしてもらいたい。」と嘘を言つて右鞄を林から受取るや、被告人は橋村の意図を察知してこれと意思を相通じ、林と共に同所で橋村の帰りを待つかのように振舞つて林を安心させ、再び戻つてくる意思のない橋村が右手提鞄を持つて同所を立ち去るのを見送つた後、林と共にそのまま同所に居残り、一方橋村は「鮨忠」を出るとすぐ、覚せい剤を林から騙し取つた旨野口に電話連絡したうえ、後刻林が探しにくるのを予測して同夜は野口方に行かずに他に宿泊し、翌日野口を呼んで同人と覚せい剤を分配した。そして、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

ところで、右のように、「鮨忠」において橋村が林をだまして覚せい剤の入つた鞄の交付を受けると同時に、在中の覚せい剤は橋村の事実上の支配内に置かれたものであり、同人は同所において覚せい剤を所持するに至つたものというべきであるが、覚せい剤のような法禁物については、詐欺によつて入手したものであつても、詐欺罪に包摂されることなく別に所持罪をも構成するものと解しなければならない。そして、被告人は橋村が林から本件覚せい剤をだまし取るや、橋村と意思相通じ、覚せい剤と知りつつ同人と相協力してその所持を確実なものにしたのであるから、所持罪の共同正犯としての責任を負わなければならないものである。結局、原判示事実は、原判決の挙示する各証拠によつて優にこれを認めることができ、原判決には何ら事実の誤認はない。論旨は理由がない。

同第二点量刑不当の主張について

所論は、被告人は野口の指示によりやむなく本件を犯したものであり、単なる使い走りに過ぎず、しかも何の利益にも預つていないなどの情状にかんがみ、再度刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、記録を精査して検討すると、本件は前記認定のような経緯により、橋村繁雄と共謀のうえ、営利の目的で覚せい剤である塩酸フエニルメチルアミノプロパンの結晶約一〇〇グラムを不法に所持したというものであつて、犯行の動機、態様、所持した覚せい剤の数量等に加えて、昭和五〇年六月に恐喝罪により懲役一年六月(三年間執行猶予)に処せられ、その刑の執行猶予中に本件犯行に及んだものであること、被告人には他に同五〇年一一月賭博罪により罰金五万円に処せられた前科と、同四七年一一月わいせつ文書等販売の罪により懲役一〇月(二年間執行猶予)に処せられた前歴があることなどに徴すると、被告人の刑事責任は重いといわなければならず、被告人を懲役一年四月の実刑に処した原判決の量刑も首肯できないわけではない。しかし、本件犯行における被告人の立場は従属的であり、本件により殆ど利益を得ていないこと、その他家庭の事情、被告人の現在の心境など所論指摘の被告人に有利な諸事情を考慮すると、原判決の右量刑はやや重きに過ぎるものと認められ、未だ再度刑の執行を猶予するまでには至らないが、刑期を若干減ずるのを相当と認める。論旨は右の限度で理由がある。

よつて、本件控訴は理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書の規定に従い、さらに次のとおり判決する。

原判決が確定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示所為は、刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二の二項、一項一号、一四条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松正富 裁判官 山崎宏八 裁判官 佐野昭一)

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